小説「項羽と劉邦」執筆日記

kindleストアにて毎月15日に連載している「項羽と劉邦シリーズ」に関するブログ。 執筆日記や、登場人物のこと、中国哲学について書いていきます。

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司馬遷の『史記』で陳勝に関する記述である「陳渉世家」を見ると、今の感覚では信じられないことが書かれています。「陳勝と呉広はいつわって扶蘇・項燕と名乗った」扶桑は秦の始皇帝の長男。始皇帝が崩御した際、趙高・李斯・胡亥の陰謀によって将軍蒙恬とともに自害に追い

司馬遷の『史記』の記述によると、項羽の祖父であり項梁の父である項燕は楚の名将だったようです。項燕は秦の将軍王翦との戦いで破れて戦死したか、自害したと言われています。当時は正確な情報が流れなかったのか、陳勝と呉広が乱を起こした時に周囲を巻き込むため「項燕」

始皇帝が崩御した後、趙高と胡亥と李斯の3人が陰謀を図ったという話。長男の扶蘇と一緒にいた蒙恬を偽りの勅書を以って死に追いやります。その後胡亥が「二世皇帝」として即位するところから私が描く「項羽と劉邦」の物語が始まります。第1巻である『始皇帝の崩御』を執筆す

kindleで連載している小説作品「項羽と劉邦」シリーズの3巻目は劉邦の妻である呂后の目線から物語を描きました。 「結婚」に関する価値観がどんどん変化しているこのご時勢。彼女の「結婚観」を描くときはそれなりに苦労しました。下手に「結婚しなきゃ」みたいなことを書

パートナーの女性が目の前にいながら「あの女の子かわいい」などと、他の女を褒める男は最低だと思います。司馬遷の『史記』を読むと、周囲にとって項家は「楚の名家」という印象があったことがわかります。項梁自身も才能があり、葬式などでは頭になって人を適材適所に配し

「作家は自分よりも頭がいいキャラクターは描けない」とはよく言われているし、私も腑に落ちるところがあります。ネット上に公開するにはなんとも地味な私の学歴。「頭がいい」のか「悪い」のか、現実の場面でもいろいろな反応を得ることがあります。特に就活の時なんかはそ

こちらの記事で「最後に劉邦が勝って、項羽が負けたのは皇帝になるために必要な覚悟に差があった」と書きました。なぜ最後に劉邦が勝ったのか(項羽が負けたのか) : 小説「項羽と劉邦」執筆日記 これをもう少し分かりやすくするために医学部受験生に例えます。 項羽は

卒業した大学こそは文系だったものの、高校では理系に進んでいました。実は得意科目は数学と物理。文系の大学受験なのに、数学と物理で乗り切りました。(文系なのに物理選択ってなかなかレアらしいです)センター試験での「社会」選択科目は世界史と倫理。どっちもあまり得

自分で小説「項羽と劉邦」を執筆していれば、当然考えます。「どうして最後に勝ったのは劉邦なのか」「どうして最後に項羽は負けたのか」いろいろな人が、いろいろなことを考えているし、この問いに答えはないのだろうけど。あえて私が考えるのであれば。項羽には最後に勝っ

「項羽は叔父の項梁に育てられた」ということに司馬遷の『史記』ではなっています。ということは、項羽はなんらかの事情で血の繋がった両親に育てられなかったということでしょうか。叔父と甥っ子。「二人の間にはそれなりの葛藤があったりしたのだろうか……」と考えないわ

もうすぐ結婚して一年になります。最近は4月に結婚式に呼んでもらった友達から妊娠したとの連絡も届きました。他にも妊娠・出産の報告はちょくちょく来ます。アラサー女性あるあるな話題なのでしょう。じゃあ私たち夫婦はというと、まだまだ子供を作ろうという考えにはならず

「文字は名前が書ければよい。剣術は人一人を相手にするだけでつまらない」と言い、さらに兵法を学んでも中途半端に終わったとされる項羽。(※私の作品の中ではこの「中途半端」をちょっと深く解釈して描いています。)でも、彼はそこまで頭が悪い人だったわけではないと思

「項羽と劉邦」の物語でしばしば「美男子」と言われて読者にその容姿を想像させてしまう張良。司馬遷の評に「夫人美女のようだった」などと書かれてしまったがために、腐女子たちの格好の餌食になっている感じもあります。「病弱だった」なんて記述まであるから、余計に「な

項羽に関する有名な逸話。叔父の項梁が項羽に字の読み書きや剣術を教えようとしたら、「字は名前が書ければ十分であり、剣術のように人一人相手にするのはつまらない」などと屁理屈をこねて突っぱねた。『史記』の「項羽本紀」の冒頭に出てくる逸話なので、割と知っている人

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