小説「項羽と劉邦」執筆日記

kindleストアにて毎月15日に連載している「項羽と劉邦シリーズ」に関するブログ。 執筆日記や、登場人物のこと、中国哲学について書いていきます。

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確かに庶民時代の劉邦に対して、「こいつは只者じゃない」と、感じていた人はたくさんいたと思います。蕭何も夏侯嬰も、劉邦の人柄に魅力を感じたり惚れ込んではいたし、ある意味尊敬もしていたかもしれないけれど「皇帝」まではイメージしていなかった。劉邦のことを本気で

張良は美男子だけどやばいやつなんだと思います。言ってしまえば彼はテロリスト。テロなんかする人間に常識なんてものは存在しない(偏見)。しかも彼はローンウルフ(個人で行うテロ行為)に近い。博浪沙でのテロ事件の段階では、彼はテロ組織の元締めなどではなく自分の判

一時期私は引き寄せの法則とか潜在意識で夢を叶えるとか、そういうスピリチュアルなことにハマっていました。今はあの時ほどハマってはいないけれど、それでもスピリチュアル系の知恵って結構本当のことを言ってるんじゃないかなと思います。人生は思った通りになる。良くも

毎月15日に販売開始にしている私の「項羽と劉邦」シリーズの最新刊『東進』が今月も無事に販売開始になりました!現在ダウンロードできます!……販売開始の手続き自体はしてあるんで、この告知をする前からダウンロードはできるはずだったんですけど、私の方が今日が15日っ

司馬遷の『史記』を読んでいると、蕭何と韓信と張良は劉邦にとってほどよく野心がない人間たちだったのだと感じます。劉邦はこの三人を見て、「能力はものすごく高いけど、自分より上の地位に上ることはない」と思っていたのではないでしょうか。これは劉邦が傲慢だったとい

劉邦も項羽も、そしてその他の登場人物も、なんとなく世間の一般認識としての性格というのがあるような気がします。「寛大な劉邦・ケチな項羽」みたいな。そういう一般認識に背いたキャラ設定をするのももちろんありだけど、そこにこだわりすぎると「奇をてらってます」感が

私は毎月15日にkindleストアにて「項羽と劉邦」の連載をしているわけですが、これができるのには理由があります。実は私の「項羽と劉邦」の物語は、もう最後まで物語の大枠はほとんどできてるんです。「項羽と劉邦」に限らず、私は物語を書く時に1000文字単位で何を書いてい

どうしてこのブログで、ぱっと見は「項羽と劉邦」と関係のない自分の写真を使っているのか。「そういうことは『文章が書ける美女』としての活動の中でやればいい。歴史に持ってくるな」なんてことも言われそうですが、私にはそれなりの狙いがあってこういうやり方があります

自分で「文章が書ける美女」なんて名乗っちゃって、このブログもそれを意識した上でのデザインにしている以上、こんなことを言ってもバカにされるだけなのかもしれないけど。私は正統派歴史小説で勝負をしたい。そう思いながら毎月15日に「項羽と劉邦」の作品を連載していま

日本での西郷隆盛の扱いって、気持ちは分かるけど少し奇妙な感じがします。

以前所属している事務所のマネージャーに言われたこと。「鈴木さんが歴史が好きだとか、本が好きなのはもちろんいいことなんだけど、そういうところで敬遠されて仕事がとれなくなってる面はあると思う」まず、こういうブログをやって、毎月歴史小説を書いてる時点で私が歴史

この前友達とランチをしたときの会話。何を物騒な話をしてるんだ……と思わず突っ込んだ。

私利私欲を満たすことを最優先にする。これを「醜い行い」と思うのは仕方ないのですが。個人的には無欲ぶってるけど実は欲深い人の方が手に負えない気がします。そういう人は、口では「私は無欲な人間です」と言いながら、他人が利益を得ようとするときには何かとネガティブ

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