原爆投下による犠牲者は8万人。項羽が新安城で殺した秦兵の数は20万人。当然項羽が殺した数は数字が盛られているわけですが、ではなぜ司馬遷はあえて数字を盛ったのでしょうか?
「項羽と劉邦」執筆日記
人を信じて頼ること
何度転んでも立ち上がれる人は強い。何度裏切られてもそれでも人を信じられる人もまた強い。
気軽に楽しめるガチ歴史小説
「歴史苦手だから無理」そうやって言われることは多いです。私から話を振った時にそう言われてしまうのは仕方ないとして、話題にも出していないのに突然そうやって言ってくる人には「もうちょっとコミュニケーション能力なんとかしたら?」と言いたくなってしまうのですが。
「項羽と劉邦」を書いていて感じる難しさ
今更方針転換なんてしないけど。……悩むことは多い。
歴史認識と文学作品
『風と共に去りぬ』を下手に「有害図書」にするような想像力の足りない人間が差別を助長する。
鉄道オタクの夫と歴女の妻
ただの歴史情報を並べるだけではなく、そこから日常につながるような話を私もしたい。
私の「項羽と劉邦」は戦略の上に成り立っている
一般的にkindleで小説作品は売れないとされています。
別に「テストをしよう」ってわけじゃない
書いてる人間が歴史小説を読む時に「情報を暗記しよう」なんてさらさら思っていないんだから、私の「項羽と劉邦」は気楽に読んでもらえたらいいなぁと思っています。
別にテストのために歴史小説を読んでるわけじゃない
ただでさえ歴史書なんか書いてる人間の主観モリモリで正確なことなんか書いてないのに、「物語」である歴史小説に正確な情報が書かれているわけがあるまい。
ミスコンに次ぐ挑戦
全く種類の異なる夢だけど、私にとってミスコン出場と「項羽と劉邦」執筆は両方とも子供の頃からの夢でした。
「項羽と劉邦」の先に
こうして作家・ライターとして文章を書く仕事をしていると、自分の文章から自分自身がものすごく影響を受けてしまう。文章を書くことは、自分の未来を書くことなのだとつくづく思います。実際私は過去に物語を執筆していく中で、自分がその物語通りの人生を送っていたことに
ミスコンの次に挑戦したかったこと
私にとって「項羽と劉邦」の物語執筆は、「ミスコンの次に挑戦することと」という位置付けだった。
女の戦いをくぐり抜けてきた女が書く「項羽と劉邦」
私の「項羽と劉邦」は、女の戦いをくぐり抜けてきた女が書く男の戦いの物語。
戦に負けた人間がいるということは勝った人間もまたいるということ
このコロナ騒動の中では、どうしても負けていくことに意識が向いてしまいがちだけど、この騒動の中で大勝ちしている人は必ずいる。
女の私が書く「項羽と劉邦」
鈴木詩織の「項羽と劉邦」は、ただの「女性が書いた歴史小説」ではない。女の戦いを戦い続けている女が書いた歴史小説です。
人としての欲
金・地位・権力、そして異性に対する欲望は、蓋をしてしまうのではなく「あるもの」としてうまく付き合っていく方法を模索していくのが、幸せになるためには大切なのだと思う。
イタリアの車窓から
イタリアの車窓からの風景と日本の車窓からの風景はとても似ています。それを楽しむ感覚で私の「項羽と劉邦」の物語も楽しんでほしい。
サラリーマン「項羽と劉邦」
私の「項羽と劉邦」の作品は「サラリーマン小説」に言い換えることができる。
「億」とか「兆」とかの概念は昔からあったのか?(ただの疑問)
ただの私個人の疑問。
今のコロナウィルス騒動は歴史の転換期
今のコロナウィルス騒動は、日本が大きく、いい方向に変わるチャンスだと思ってる。でも一方で悲観してしまう部分も多い。
