原爆投下による犠牲者は8万人。項羽が新安城で殺した秦兵の数は20万人。当然項羽が殺した数は数字が盛られているわけですが、ではなぜ司馬遷はあえて数字を盛ったのでしょうか?
項羽
進物千銭一万銭
2000年前は「千はいっぱい」「万はもっといっぱい」くらいのニュアンスでしかなかったのではないか……?
他人への期待
例え傷つくことがあっても、大きなことを成し遂げようとする上では他人を期待しないといけないんだと思う。
数字の量感
子供の頃にお父さんに言われた、生きていく上で大事なこと。
個性の出しがいがある呂后と虞美人
劉邦も項羽も、そしてその他の登場人物も、なんとなく世間の一般認識としての性格というのがあるような気がします。「寛大な劉邦・ケチな項羽」みたいな。そういう一般認識に背いたキャラ設定をするのももちろんありだけど、そこにこだわりすぎると「奇をてらってます」感が
結構内輪の話だったのでは?
秦を滅ぼすって、実は結構楚の内輪の話だったんじゃないか説。
実は結構内輪だけの話だった
陳勝呉広の乱から一気に世間では「打倒秦」の風潮が高まり、その中でも楚は率先して秦に向けて兵を発し、ついに秦を滅ぼした!……みたいな流れで司馬遷の『史記』には書かれているけれど。「打倒秦」って、実は結構楚の内輪だけの話だったんじゃないか……と、最近思い始め
項羽は原子爆弾か?
現代の最恐兵器と項羽を比較してみる。
手っ取り早く善人面したいのは現代人も項羽も同じ
項羽の「婦人の仁」って、つまり「手っ取り早く善人面しようとするしょぼい男」って意味だと思っていますが、それって結構たくさんの人が当てはまるような気もします。
勝てば友達は増える
私もコンテストに出場すると友達(笑)が増え、終わると減るというのを繰り返してきました(苦笑)
『左遷』販売開始になりました!
今月号の「項羽と劉邦」も無事に販売開始になりました!
他者評価と自己評価
結果を出すかどうかは他者評価ではなく自己評価によって決まる。ただ、自己評価は他者評価に左右される面もある。
「劉邦を関中の王にしたくない」と思っていたのは項羽だけではないはず
劉邦を漢中に追いやったのは、決して項羽一人の判断ではなかったと思う。「劉邦を関中の王にしたくない」と考えた人は決して少なくないはず。
そんじょそこらの人間にはなれない「皇帝」
隣の人間と競っている程度なら、自分は所詮相手と同レベルってこと。
人を信じる強さ
裏切られるリスクもあるわけだから、他人を信頼することに不安を感じてしまうのは仕方がない。でも、大きなことを成し遂げたいのであれば他人を信頼しなければ。
自己評価と他者評価
「私ならできる!」と言っている人に「あなたには無理だと思う」と言えば嫌な顔をされるのは想像に難くありません。また、逆に「私はクズだ社会不適合だ」と言っている人に対して「そんなことはないよ」と言うのも相手を苦しめるものであって。自己評価と同じくらいの評価を
義のない戦ができるか
叶えたい夢があるとき、変に周りのことを意識して大義名分なんか立ててはいけない。夢は自分のために叶えるもの。
なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け
項羽がもしTwitterとかSNSをやっていたら「項羽@西楚の覇王」とかアカウント名を設定してそう。
人を信頼するということ
「項羽と劉邦」を書いていると、人を信頼できる人は強く、疑心暗鬼になった人は弱いということを実感させられます。
項羽パパ
※エロネタ注意。項羽が「お父さん」になっているイメージが湧かない……。
