「小学校の時よく遊んだよね!」という友達と、大人になってから久しぶりに再会するのは楽しいものです。しかし「そういえば学年にそんな奴いたな」と思い出す程度の記憶しかない人との再会はたいていろくなことにはならない。そういう再会は、「久しぶり」なんて会話から始
陳勝
歴史の最初の一歩を踏み出した【陳勝呉広の乱】
何事も最初にことを起こすことは困難を極めます。結果としてすぐに死んでしまった陳勝と呉広ですが彼らの功績は称賛に値するでしょう。
マグロに紛れて25キロまで育ったブリから「生まれた環境」と「選んだ環境」について考える
徳島市中央卸売市場で先日「養殖マグロに紛れて25キロまで育ったブリ」が登場したそうです。出世しすぎた25kgのブリが卸売市場に並ぶ。養殖ブリの5倍の大きさ、マグロのいけすでぬくぬくと成長(ハフポスト日本版) - Yahoo!ニュースブリは養殖だと通常5キロほど。中には10キ
身分を超えた志を掲げ一農民から王になった男・陳勝と呉広
「どうせ死ぬなら国でも建てて死ぬか」の精神で私もことに取り組みます。
守りに入ったら負け
陳勝呉広の乱以降各地で王が立ちましたが、多くは日和見の体制をとりました。何事も「消極的守り」は身を滅ぼすものだと思っています。「自分は賢い」と思って日和見に走るのは危険です。
「名前」「肩書き」の価値はどれほどか?
陳勝呉広の「扶蘇・項燕作戦」が失敗に終わった後に、「民間で雇われて羊飼いをしていた楚王の末裔」を王として立てるのって、果たして信じた人はいたのでしょうか?
中国の地図見てると距離感おかしくなる
kindleストアで連載している「項羽と劉邦」シリーズ。『陳勝呉広の乱』執筆の時、こんな地図を作ってみました。Googleマップをスクショして、『史記』を読み比べながらフォトショでちまちまと……。 秦漢時代の中国って今の中華人民共和国とは違うから、この地図のスクショ
項羽・項梁「死んだはずでは……?」
陳勝呉広の乱の時、「反乱を成功させるために有名人の名前を使おう」ということで始皇帝の長男扶蘇と、楚の名将項燕の名前が騙られました。関連記事「陳勝呉広の乱」は大衆の本質をうまく使っていた虎の威をかる狐作戦。「扶蘇と項燕」の組み合わせに多くの民衆が「?」と思
「陳勝呉広の乱」は大衆の本質をうまく使っていた
司馬遷の『史記』で陳勝に関する記述である「陳渉世家」を見ると、今の感覚では信じられないことが書かれています。「陳勝と呉広はいつわって扶蘇・項燕と名乗った」扶桑は秦の始皇帝の長男。始皇帝が崩御した際、趙高・李斯・胡亥の陰謀によって将軍蒙恬とともに自害に追い


